大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成3年(ワ)1205号 判決

原告

長谷川真治

被告

野村証券株式会社

右代表者取締役

田淵義久

右訴訟代理人弁護士

木村康則

森野嘉郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

被告は、原告に対し、四九〇万〇九〇〇円を支払え。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、自己又は家族の名義をもって、被告小岩支店(以下「被告支店」という。)から、証券投資信託である株式型ユニットエース(以下「エース」という。)、転換社債である東京ガス(以下「東京ガスCB」という。)、ソニー(以下「ソニーCB」という。)及び大丸(以下「大丸CB」という。)並びに新規公開上場株式である新日軽株式会社株(以下「新日軽株」という。)を次のとおり買い付けた(以下、番号に従い「本件(1)買付け」のようにいう。)。〈編注・次頁表〉

2  被告支店の担当者は、本件(1)ないし(6)各買付けの際、次のとおり原告を欺罔し、その結果として、原告に対し合計四九〇万〇九〇〇円の損害を被らせた。

(一) 本件(1)買付け(エース)について

原告は、被告支店の担当女子社員から、右買付けにより税引き利回り八パーセント相当の運用利益が得られる旨の説明を受けたのに、利益を生ずるどころか元金を大幅に下回る結果となり、四年間に額面二〇〇万円に対する右八パーセント相当合計六四万円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 本件(2)、(3)各買付け(東京ガスCB)について

原告は、被告支店の菊池哲也投資相談課長(以下「菊池課長」という。)から、東京ガスCBを一〇七円で原告のために京都支店で取ってあり、来年は必ず値上がりしてもうかる旨の説明を受け、額面七〇〇万円、単価一〇七円による買付けを勧められ、松子(原告の妻)名義の中期国債ファンドから五四一万一四〇九円を解約し、額面五〇〇万円で本件(2)買付けをしたが、価格の下落が続いたため、難平を計ろうとしたところ、担当者は、原告に無断で右中期国債ファンドから二五七万九四九一円を解約して本件(3)買付けをし、一方的にその事後連絡をした。本訴提起時である平成三年二月四日現在における時価は額面一〇〇円当り72.50円、右(2)及び(3)(額面合計八〇〇万円)につき五六四万円であるから、原告は、その支払金額合計七九九万〇九〇〇円との差額二三五万〇九〇〇円相当の損害を被った。

買付約定日

額面(株数)

単価

受渡金額

〔エース〕

(1) 昭六一・一二・二七

二〇〇万口

一万口当り一万円

二〇〇万円

〔東京ガスCB〕

(2) 平元・一二・二一

(3) 平二・三・二

額面五〇〇万円

額面三〇〇万円

額面一〇〇円当り一〇七円

額面一〇〇円当り八四.七〇円

五四一万一四〇九円

二五七万九四九一円

〔ソニーCB〕

(4) 平二・二・一三

額面二〇〇万円

額面一〇〇円当り一〇〇円

二〇〇万円

〔大丸CB〕

(5) 平二・二・一四

額面二〇〇万円

額面一〇〇円当り一〇〇円

二〇〇万円

〔新日軽株〕

(6) 平二・一二・五

二〇〇〇株

二九一〇円

五八二万円

(三) 本件(4)買付け(ソニーCB)について

原告は、被告支店の担当者から、必ず値上がりするとして買付けを勧められ、右買付けをしたが、本訴提起時において時価が額面一〇〇円当り、81.70円、右(4)(額面二〇〇万円)につき一六三万四〇〇〇円に値下がりしたため、支払金額二〇〇万円との差額三六万六〇〇〇円相当の損害を被った。

(四) 本件(5)買付け(大丸CB)について

原告は、被告支店の担当者から、右同様に勧められ、右買付けをしたが、本訴提起時において時価が額面一〇〇円当り73.80円、右(5)(額面二〇〇万円)につき一四七万六〇〇〇円に値下がりしたため、支払金額との差額五二万四〇〇〇円相当の損害を被った。

(五) 本件(6)買付け(新日軽株)について

原告は、新規公開上場株は今まで手掛けたことがなく、無知に等しかったところ、被告支店の杉本俊彦支店長(以下「杉本支店長」という。)から、これによって多少とも損を償うよう支店長自らが責任を持つので我慢して欲しい旨説得され、単価二九一〇円で右買付けをしたが、わずか二週間後の大納会(平成二年一二月二八)には単価二四〇〇円、右(6)(二〇〇〇株)につき四八〇万円に値下がりしたため、支払金額五八二万円との差額一〇二万円相当の損害を被った。

3  よって、原告は、被告に対し、民法七一五条の不法行為による損害賠償として、四九〇万〇九〇〇円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める

2  同2の(一)の事実は否認する。

エースの平成三年三月二九日現在における時価(分配金累計を含む。)は買付けの時のそれを上回る二一〇万九〇〇〇円である。

3  同2の(二)の事実中、菊池課長が原告に対し東京ガスCBの額面七〇〇万円、単価一〇七円による買付けを勧めたこと、原告が額面五〇〇万円に減額して松子名義の中期国債ファンドより五四一万円余を支払い、本件(2)買付けをしたこと、右CBの価格はその後買値に戻っていないことは認めるが、その余は否認する。菊池課長は、CBマーケットが非常に人気が出ていること、東京ガスCBが間近の高値からやや下がっていること等を説明して買付けを勧めたものであり、また、難平については、原告自ら被告支店を訪れて同課長に注文したものであって、同課長が約定成立後にその旨電話連絡し、取引報告書を送付した際も、原告から何らの苦情申出もされなかった。

4  同2の(三)、(四)の各事実は否認する。原告は、菊池課長の勧めに対し、中期国債ファンドの残高を尋ねた後、自ら本件(4)、(5)各買付けを注文したものである。

5  同2の(五)の事実中、杉本支店長が原告に対し新規公開上場株式である新日軽株の買付けを案内したこと、右株式につき約二週間で原告主張のような評価損を生じたことは認めるが、その余は否認する。原告は、昭和六二年一月一九日、被告支店において、本人名義の口座でNTTの新規公開株の買付けをしたことがあるのみならず、新日軽株については、同支店長が、入札価格の最高価格三〇二〇円に近い価格で公募価格が決定される可能性が強い旨説明しており、原告自身も、右株式は配当性向及びPER(株価収益率)が低いので二〇〇〇株もらう旨言明し、さらに、同支店長から新株発行並びに株式売出届出目論見書の交付を受け、その検討を遂げた上、買付け注文したものである。なお、新日軽株の平成三年三月末日現在(二割無償交付)における時価は、原告の買付受渡金額五八二万円を上回る六七二万円となっている。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二本件(1)買付け(エース)について

1  原告は、被告支店の担当者から、税引き利回り八パーセント相当の運用利益が得られる旨の説明を受けて右買付けをしたのに、元金を大幅に下回る結果になった旨主張し、その本人尋問の結果中において、右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、証人菊池哲也、同杉本俊彦の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、エースは株式型の証券投資信託であって、投資した元本は保証されない、いわゆる自責型であり、利回りも変動する性格のものであること、被告の担当者が顧客に対し利回りに関する何らかの説明をする場合には、過去の実績に基づく税込み利回りの数字を示すのが通例であること、原告は、平成元年一月下旬に至って、被告支店に対し、エースの利回りが悪いので他の証券で利回りを上げるよう苦情申入れをしたが、被告とは既に昭和四五年ころから継続的に証券取引があり、右苦情申入れの際にも、自己の投資経験が豊富であることを自負していたことが認められ、右事実に照らすと、原告本人の右供述部分はにわかに信用し難い。そればかりでなく、〈書証番号略〉及び右各証言によれば、エースに対しては分配金が出ており、本訴提起直後の平成三年三月二九日現在において、価額は元本を上回っており(額面一万円当たり一万〇五六九円)、原告は現在も被告支店にエースを預託していることが認められるのである。他に、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  したがって、この点に関し得べかりし利益の喪失による損害の発生をいう原告の主張は、採用することができない。

三本件(2)、(3)各買付け(東京ガスCB)について

1  請求原因2の(二)の事実中、被告支店の菊池課長が原告に対し東京ガスCBの額面七〇〇万円、単価一〇七円による買付けを勧めたこと、原告が額面五〇〇万円に減額して松子(原告の妻)名義の中期国債ファンドより五四一万円余を支払い、本件(2)買付けをしたこと、右CBの価格がその後買値に戻っていないことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、原告は、菊池課長から、東京ガスCBを一〇七万で原告のために京都支店で取ってあり、来年は必ず値上がりしてもうかる旨の説明を受けて本件(2)買付けをし、さらに、難平を計るべく原告に無断で本件(3)買付けをし、その後価格の下落により損害を被った旨主張し、その本人尋問の結果中において、右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、証人菊池哲也の証言と対比して、右供述部分はたやすく信用することができず、かえって、前記1の事実と、右証言及び〈書証番号略〉並びに弁論の全趣旨によれば、平成元年一二月二一日当時、転換社債は人気があり、被告支店においても注目していたところ、東京ガスCBは直前に一一〇円であったのが値下がりしてきたため、菊池課長は、当初一〇七円で七〇〇万円の買付けを勧めたが、原告の申出により、松子名義の中期国債ファンドを解約した資金をもって本件(2)買付けをしたこと、右CBはその後価格が下落していたが、原告は、平成二年三月一日、被告支店に赴き、同課長に対して、そろそろ難平をかける旨の申出をした上、指し値は八六円五〇銭、指し値の有効期間は土曜日及び日曜日を除く一週間、額面は三〇〇万円とする注文を出した結果、翌二日、本件(2)買付けが実行されたこと、同課長は、同日、部下に命じて、原告に対し右取引の成立を伝えるとともに、その取引報告書を送付したが、原告は、同年一〇月ころまでは、右取引につき被告支店に苦情申入れをした事実はなく、現在も同支店に右CBを預託していることが認められる。

3  そして、他に、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、これを前提にして価格下落による損害の発生をいう原告の主張もまた、採用することができない。

四本件(4)買付け(ソニーCB)及び本件(5)買付け(大丸CB)について

1 原告は、右各買付けの際、被告支店の担当者から、右各CBは必ず値上がりするとの説明を受けた旨主張するが、前記三の2の認定事実並びに証人菊池哲也の証言と対比して、にわかに信用することができず(なお、右証言によれば、原告は現在も右各CBを被告支店に預託していることが認められる。)、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  したがって、この点に関し価格下落による損害の発生をいう原告の主張は、採用することができない。

五本件(6)買付け(新日軽株)について

1  請求原因2の(五)の事実中、被告支店の杉本支店長が原告に対し新規公開上場株式である新日軽株の買付けを案内したこと、右株式につき約二週間で原告主張のような評価損を生じたことは、当事者間に争いがない。

2  ところで、原告は、新規公開上場株は無知に等しかったのに、杉本支店長から、新規公開上場株で多少とも損を償うよう支店長自ら責任を持つので我慢して欲しい旨説得されて右買付けをし、その結果、株価下落による損害を被った旨主張し、その本人尋問の結果中において、右主張に沿う供述をしている。

しかしながら、前記1の争いのない事実と、〈書証番号略〉、及び証人杉本俊彦の証言によれば、杉本支店長は、東京ガスCB等に関する損失の苦情とその善処方を求める原告の被告支店宛ての平成二年一〇月二九日付内容証明郵便を受け取った後、同年一一月中に、再三原告方に赴き、従前の値下がり分については被告が損失補填や保証をすることはできないが、相場で取り返すよう協力したい旨申し出るとともに、同年一二月一四日東京証券取引所第二部に上場予定の新規公開株式である新日軽株の案内をしたこと、その際、同支店長は、資料として右上場と新日軽の会社概要及び業績等に関する新聞記事のコピーを原告に交付し、以前から公開が注目されており、会社の業績も良さそうであることや、同年一一月三〇日に二三二〇円から三〇二〇円の間で入札が行われ、落札価格を加重平均して公開価格が決定されるが、人気が高いので最高落札価格に近い価格で公開価格が決定される見通しであることを説明したこと、これに対し、原告は、新日軽株は配当性向及びPER(株価収益率)が低いので二〇〇〇株もらう旨言明したこと、そこで、同支店長は、新日軽作成の新株発行並びに株式売出届出目論見書を原告に交付し、同年一二月三日、公開価格が二九一〇円に決定したことを伝え、原告は、二〇〇〇株を買付け、資金は桂子(原告長女)及び松子名義の各中期国債ファンドを充てる旨の買付け注文を出した結果、同月五日、本件(6)買付けが実行されたこと、新日軽株は、公開直後は値下がり傾向にあったが、平成三年三月末に二割の無償増資され(原告の保有株は二四〇〇株)、右時点における株価は右買付価格を上回っていること、なお、原告は、新規公開株式については、昭和六二年一月にNTT株一株を被告支店において買付けした経験があることが認められる。なお、原告は、その本人尋問の結果中において、杉本支店長が、新日軽株につき一般人も入札できることを知らせなかった点に不満がある旨供述し、杉本証人も、右事実を原告に知らせなかったことは認めているが、〈書証番号略〉によれば、入札の対象とされたのは公開株式の一部であることが認められ、仮に入札をしても入札価格では落札できないこともあり得ることは明らかであるし、入札の機会の有無は当該株式の取得可能性に直結するものでもないから、この点に被告支店の落ち度があるとはいえない。

以上の諸点を彼此対照すると、原告本人の前記供述部分は、にわかに信用することができず、他に、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

3  したがって、この点に関して損害の発生をいう原告の主張は、採用することができない。

六以上の次第で、原告の請求は理由がないから、失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官篠原勝美)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例